2010年2月26日金曜日

サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS



純情・可憐とは八千草薫のための言葉。いくつになっても可愛い女性。こんなにいい映画だとは思っていなかった。

正直なところ、テレビ局とタイアップで撮った薄っぺらい作品とたかをくくって暇つぶし程度に見た。ところがである、この物語にどんどん引き込まれて、日本の映画独特のリアルさに掛けるシチュエーションも気にならないぐらいだった。気持ちが勝手に伝わるという設定とそうなった時の周囲の人達の行動がフンフンなるほどと共感してしまった。食堂の定食のくだりなんか、そのいい例だと思う。また、この映画がよかったのは、最後まで本人はそのことを気づかず、鈴木京香の正体も明かさなかったこと。この手の映画は、すぐばらしたがるというか、ばらさないといけないと思って展開されることが多く、この映画に限ってはばらさなかったのが正解だと思った。気持ちを伝えるとか優しさは、言葉じゃないああいう心の声が伝えてくれるんだと思った。この映画はファンタジーだけど、誰もがああいう心の声を持っていて、この映画とは違う形で自然に伝えているのかなと思った。伝えようと思っても伝わるものではないが。だから、真実を知ってショックを受ける主人公を描く必要なんて全くないと思った。鈴木京香に引き止められ主人公が祖母の手術をする場面、寺尾聡扮する先輩医師が術後の八千草薫と語る場面など、胸の奥にダイレクトに響くものが溢れていた。私は最近の邦画の中でも飛びぬけて素晴らしかったと思っている。

この映画、これほど良かったのはキャスティングにおうところも大きいと思う。主人公の安藤政信はもちろん、鈴木京香や寺尾聡などの脇を固める俳優さんたちもナイス・キャスティング。だが、ここまで素晴らしいと感じさせたのは、八千草薫だと思う。若い頃から現在までいくつになっても純情可憐で可愛い女優さんだと思う。彼女にしか出せない守ってあげたい可憐さが、この映画を引き締めたと思う。演技とかじゃない彼女の素の部分の魅力はすごく大きい。あの素敵な優しい笑顔を今後も見せて欲しい。おばあさん役になったが、私にとっては永遠に憧れのマドンナである。

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