2010年4月28日水曜日

アバター




映画館で観たかったが、観れなかった『アバター』をDVDで観た。
まだ公開している映画館もあるそうなので、早いDVD化のような気もするが、考えればヒットした作品なのでロングラン上映ならば、そうでもないのかもしれない。
ストーリーもほとんど知らなかったので、新鮮な気持ちで楽しめた。
タイトルの『アバター』というのも、ネットでよくある自分の分身のキャラクターで使われているアバターと同じ意味か否かも知らなかった。

DVDなので、3Dの映像は楽しめなかったが、映画自体は良くできた面白い作品だった。
ジェームズ・キャメロン監督の作品は、『ターミネーター』、『エイリアン2』など、どの作品もダイナミックで娯楽性の高い一級のエンタテイメント作品である。
メロメロした『タイタニック』以外は、大好きな作品ばかりである。
この『アバター』も類に漏れず素晴らしいエンタテイメントに仕上がっていた。

まず、何といっても自分の分身である異星人の体とシンクロするという発想が面白い。
シンクロするためには、CTスキャンみたいな特殊な装置に入って睡眠したような状態にならないといけない。
アバターとしての生活と自分自身の生活が交差し、次第にアバターの生活が本来の自分に変化していくのだが、その過程を観ていて共感させられた。
主人公は車椅子の生活をおくっているが、アバターの世界では跳んだり走ったり、自由自在だ。
摩訶不思議で神秘的な世界を体感し、美しい女性のエイリアンとも恋をする。
ネットの世界でのアバターも同じような感覚だと思うが、ネットの世界は架空の世界でリアルになることはない。
この映画自体も架空だが、物語の中では、アバターの実体が存在しているというところが違う。
リアルな存在がある分身だからこそ、実体の生活の空虚さや閉塞感と比べ、アバターの世界の美しさや開放感が浮き立ってくる。
主人公が、引き込まれていくアバターの世界がまた、実に魅力的にえががれている。
青い肌の異星人は、すらりとした長い腕と足を持った長身の姿をしており、猫のような瞳を持ち、人間とは比べ物にならない優れた身体能力を持っている。
正直なところ、映画を観るまでは異星人のキャラクターに違和感があった。
しかし、映画を観ると異星人が本当に魅力的で美しいと感じた。
映画を観進めれば進むほど、その魅力が増していく。
全ての命は繋がっていて、一つ一つの命を尊ぶ。
彼らは命の根源をエイワと呼び、全ての命は生命の樹で繋がっている。
この樹は、祖先の知識のデータベースでもあり、サーバーでもある。
心が通い合うというのは目に見えないものであるが、この映画では物理的に繋がるところがまたユニークだ。
登場人物が魅力的でストーリー展開も分かりやすく、説明的でない世界観の伝え方が上手く、リアルで美しく見たことのない映像に引き込まれていく。
ワクワクし、この世界の魅力に引き込まれていく感覚こそ、キャメロン監督が狙ったことと聞くと納得がいく素晴らしい作品だ。

キャメロン監督は、この映画のために彼らが話す言語まで作ったという。
ナヴィ語は、南カリフォルニア大学の言語学者の協力を得て4ヶ月掛けて生み出した言語だそうだ。
夜になると光る植物や動物達、空に浮かぶ岩山、自然と共に暮らすナヴィ達。
見たことのないリアルで神秘的な映像の数々に驚かされるが、キャメロン監督がリスペクトする宮崎駿監督の『もののけ姫』のオマージュも込められているそうだ。
確かに生命の樹の存在や巨大な木の存在は宮崎駿の世界観に通ずるところがある。

主演のワーシントンは、後2作の出演契約を結んでいるそうで、続編を制作する計画らしい。
久々にこれぞエンタテイメントと呼ぶにふさわしい見事な作品に出会った。
今から続編が楽しみだ。
次は映画館で神秘的な世界を体験したいものだ。

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2010年4月22日木曜日

ダーティハリー



クリント・イーストウッドは、『グラン・トリノ』を最後に積極的な映画出演はしない方針を語っている。
興味の湧く作品に巡り合わない限り出演はしないということだ。

イーストウッドの名が知られるようになったのは、テレビシリーズの『ローハイド』である。
その後、イタリアのセルジオ・レオーネ監督のもとで『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』などのマカロニ・ウエスタンで活躍した。
イーストウッドのヨーロッパでの人気が高まり、1960年代後半にアメリカでの俳優活動を再開する。
何本かの映画に出演した後、1970年に『マンハッタン無宿』でメガフォンを執ったドン・シーゲル監督とタッグを組んで作った作品が『ダーティハリー』である。
勧善懲悪のヒーローではなく、犯人を捕まえるためには手段を選ばぬアウトロー的な刑事ハリー・キャラハンが連続殺人鬼のスコルピオを追い詰めていくアクション映画だ。
当初はシナトラのために作られた作品だったそうだ。
ジョン・ウエイン、マックイーン、ポール・ニューマンなどの名前も上がったそうだが、最終的にはイーストウッドで落ち着いた。
もしもシナトラやジョン・ウエインがハリーを演じて、ここまでヒットしたかどうかは分からないが、イーストウッドでなければ、あの渋くてクールなハリーが生まれなかったのは間違いない。

有名なのは、ハリーが使用するS&W M23という拳銃だ。
通常は大型動物の狩猟に使用される銃で、装填される弾丸は.44マグナム弾という直径が11.2mmある弾丸で、最強の拳銃と言われた破壊力の高い拳銃である。
撮影に使用した銃の入手も困難であったため、最終的にはS&W社に直接依頼して、S映画用として特別に組み立ててもらったそうだ。
映画の中でも両手で構えて撃つスタイルで、その衝撃の強さが伝わってくる。
ハリーが、一発だけ弾丸が入っているかどうか分からないジュを持って、スコルピオに言うセリフは有名だ。

you've got to ask one question:"Do I feel lucky?" Well do ya, punk!

スコルピオ役のアンディ・ロビンソンの偏執的な迫真の演技が、この映画が成功した大きな要因になっている。
映画の後半にスクールバスを乗っ取り、子供達に歌う事を強要するシーンは鬼気迫るものがあった。
この映画の後、いろんな映画のオーディションを受けたが、映画のヒットもあり強烈なイメージが定着してしまい、オファーが全くこなかったそうだ。

ダーティハリーは大ヒットし、この後4作が作られるシリーズ作品となった。
クリント・イーストウッドといえば、ダーティハリーと誰もがいうイーストウッドの代表作である。
これを足掛けに数多くの作品に出演し、ビッグスターの地位を確立した。
また、イーストウッドは、『ダーティハリー』に出演する前から監督業にも興味を持ち『恐怖のメロディー』などの作品を世に送り出しており、当時から監督としての才能の片鱗を覗かせていた。
本格的に監督業に専念してから、『許されざる物』や『ミリオンダラー・ベイビー』と2度のオスカーに輝いている。

テレビ時代、マカロニ・ウエスタン、ダーティハリー、監督業と上り詰めたビッグスターだからこそ、あの深い皺の重厚な顔立ちがあるのだろう。
願くば、俳優活動をやめたなんて言わずに、渋い演技をまた見せて欲しい物だ。


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2010年4月21日水曜日

世界映画名作全史



映画の楽しみは、鑑賞だけではない。
これは映画に限った事ではないが、キャストのプロフィールを知ったり、監督の他の作品や背景を知ると、更に新たな興味が湧いてくる。
アラン・ドロンやスティーブ・マックイーンが時々見せる寂しげな表情の背景には、少年時代に家族の温かさにふれることがなかった生い立ちが関係していると知ると、深みもましてくる。
チャールズ・ブロンソンやショーン・コネリーは、役者で大成するまでに数多くの職につき苦労した時代があって、あの素晴らしい肉体を築いたと知ると、ただのマッチョではないバイタリティーの根源を知ることが出来る。
カトリーヌ・ドヌーヴは、美しく撮らない作品は一切受けないらしく、どんな役柄でもこなす女優とはまた違ったプライドや威厳を持っているからこそ、常に大きな存在感を保っている。
そういう映画には現れない背景や思いを知らずとも映画は楽しめるが、知っているとまた違った楽しみが増える。

ここ最近、そういった情報はインターネットから入手できるようになったが、昔はそんな物はなかったから、大概は本に頼っていた。
スクリーンやロードショーといった雑誌はもちろんのこと、映画に関する本を読むことで、いろんな事を知った。
昔は、映画に関する本も豊富にあり、本屋でも今のアイドル本並のスペースを確保していた。
キネマ旬報の別冊ムックや、写真をふんだんに盛り込んだ芳賀書店のシネアルバムシリーズ、双葉十三郎さんの採点表など、評論物からビジュアル本にリファレンス本など様々な本があった。
シネアルバムなんかは、名前の通り本1冊丸ごとアラン・ドロンの写真とか、オードリー・ヘップバーンの写真で埋め尽くされ、何十巻にもなる人気のシリーズだった。当時人気のあったアラン・ドロンだけでも3、4巻はあったと思う。

そんな本の中でもお勧めは、世界映画名作全史と映画俳優全史である。
この本は、文庫本で発行された本で持ち歩いて電車の中でも読める手軽さが素晴らしい。
名作全史は、戦前・戦後・現代と時代ごとに分けられ、1975年頃までの作品の解説と寸評が書かれている。
普通こういうリファレンス本は、事実だけを書いて作品の良し悪しは書かないが、この本については、著者の思いが書かれていて、辞典というより読み物に近い感覚だ。
当然、読む人の思いと必ず一致する訳はないが、だからこそ自分の思いも浮かび上がってきて、読んでいて面白いのだ。



俳優全史は男優・女優の2冊に分かれていて、前半はメジャーな俳優についてのプロフィールや出演作が書かれていて、映画には現れない生い立ちも書かれている。
本書は、世界映画名作全史の著者である映画監督でもある猪俣勝人氏と田山力哉氏の共著である。
田山さんは、既に亡くなられた方だが、ご健在な頃は毒舌でも知られており、ビートたけしさんのTVタックルにも何度か出演されていた。
酒好きで破天荒、映画も良いものは良い悪いものは悪いと、はっきりというタイプの人物だった。
親交のあったビートたけしさんの作品に対しても、その姿勢は変わらなかったそうだ。
そういう姿勢の人物だからこそ、事実だけを淡々と書いてあるリファレンスとは違った面白さがあるのだ。
双葉十三郎さんの『ぼくの採点表』もまた、ごく短い寸評の中に氏の思いや映画に対する愛情が書かれていて、やはり素晴らしい本である。

スポーツにしろ、アートにせよ、どんな趣味もその対象物だけでないところに面白みがある物だ。
好きになればなるほど、その好奇心も大きくなり、際限もなくなる。
少し昔の本なので、今も売っているかどうかは知らないが、アラフォー以上の年代には懐かしい名前の役者や作品が並んでいて、嬉しくなることは間違いない。
お勧めの本である。

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2010年4月20日火曜日

ジャッカルの日



英国の社会派サスペンス作家フレデリック・フォーサイス原作のサスペンス映画。
ベストセラー作家であるフォーサイスは、英国生まれで、空軍からロイターの特派員やBBCの記者を経て作家になり、この『ジャッカルの日』で一躍ベストセラー作家になった人物である。
本作の後、『オデッサ・ファイル』や『戦争の犬たち』などの作品を執筆し、いずれもベストセラーとなり、映画化された。
特に『戦争の犬たち』は、フォーサイス自身が傭兵を雇い、赤道ギニアのクーデターを画策したと思われる事件が起こり、その時の事をベースに作られた作品と言われている。
本作は、アルジェリア独立に反対するフランスの極右テロ組織OSAが、アルジェリアからの撤退を決めたド・ゴール大統領の暗殺を画策し、OSAが雇ったジャッカルと呼ばれる英国人暗殺者と、それを阻止しようとするルベル警視との知的な対決を描いたサスペンスである。
『ジャッカルの日』は、フィクションであるが、背景や事件は事実に基づいており、リアルな暗殺劇に仕上がっている。
監督は、『真昼の決闘』、『地上より永遠に』、『わが命つきるとも』、『ジュリア』などで知られるフレッド・ジンネマン。
ジンネマンは、この作品を緻密に描写し、原作の面白さを損なわないスリリングなサスペンスに仕上げている。

映画では、暗殺者ジャッカルを英国人俳優エドワード・フォックスが演じている。
金髪で痩身、冷徹な顔立ちのフォックスは、ジャッカルのイメージにピッタリのキャスティングである。
OSAから依頼を受け、イタリアから南フランスのルートで潜入するのだが、潜入までの映像が面白く、リアルさを増す内容となっている。
分解して細いパイプに隠せる特殊なライフルの作成を依頼し、完成した銃を試射するシーンは、有名だ。
偽造パスポートや銃を隠して運ぶためのアルファ・ロメオなど、緻密且つ冷静に準備を進めていく。
フランス潜入後に想定外の事態に遭遇しても、途中に知りあった未亡人などを利用し確実に目標に近づいていく。
一方、OSAの画策を察知したフランス政府はパリ警察の敏腕刑事であるルベル警視を暗殺阻止の全権責任者に抜擢し、英国との裏ルートで本格的な調査を進める。
時間の流れを追った緻密なストーリー展開は原作に劣らない秀逸さだった。
ド・ゴール大統領に迫っていくジャッカルの巧妙で冷静な行動とジャッカルを追い詰めていくルベル警視の静かな攻防が、緊迫感にあふれ、一気にラストまで展開していく。
あの原作をよくここまで素晴らしい作品に仕上げたと感嘆する。
さすがジンネマンと思わせる素晴らしい作品だった。

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2010年4月19日月曜日

メリーゴランド



中学生の頃に観たイタリア映画だ。
レナート・チェスティという男の子が主人公のいわゆる泣ける映画である。
映画の邦題は、『メリーゴーランド』だが、原題は冬の終わり頃に降る雪、なごり雪というタイトルだ。
邦題は映画の哀しいラストシーンから付けられている。

母親を亡くし、父親と2人で暮らす少年ルカ。
ルカの願いは、仕事で忙しい父親と2人だけの時間を過ごすことだった。
待ちに待った夏休み。
ルカは父親と地中海へバケーションすることになり、大喜び。
しかし、旅行先には父親の恋人が待っていた。
ルカは、楽しみにしていた分だけ、失望は大きかった。
そのことに気付いた父親の恋人は、2人だけの時間を作ってあげるよう父親に話すのであった。
父親もその言葉に納得し、ルカと2人だけでスキーに出掛けることになった。
嘻々として喜ぶルカ。
やがて、冬の終わり頃に2人はゲレンデを訪れ、本当の2人だけの時間を過ごすのであった。
しかし、ルカに不幸が襲う。
スキーで転倒して、ルカは大けがを負ってしまった。
医師の診断は、脊椎損傷による急性骨髄性白血病だった。
治る見込みのない病に打ちひしがれる父親。
日に日に容体は悪化していった。
そんなルカの最後の願いを叶えるため、ルカを抱きかかえて、夜の遊園地に行った。
閉園後の遊園地で無理をいって二人だけのために開園してもらえることになった。
父親に抱きかかえられルカはメリーゴーランドに乗った。
やがて、最後の時が訪れる。
揺れるメリーゴーランドに乗り、ルカは父親の腕の中で天国へ旅立つのだった。

嵐の夜、ルカの死を受け入れることができず、虚ろな姿の父親には後悔する気持ちに押しつぶされそうになっていた。
父親は、ルカが父親にプレゼントしようと思っていたレコード盤を見つけた。
美しい旋律が、さらに哀しさを増すのであった。
この回想シーンから映画は始まっている。

シチュエーションは違うが、『天使の詩』に似たストーリーだ。
母親を亡くし、父親とのすれ違いから不幸な結末を迎える。
後悔、先に立たず、という内容だ。
中学生の頃から、こういう泣ける映画には弱い。
映画を観る前には、身近な人が亡くなること以外でこういう感情を受けたことがなかった。
この映画は、父親と行った映画だ。
エンドロールの後、館内が明るくなりボロボロ泣いているお父さんの姿が忘れられない。

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2010年4月14日水曜日

リバー・ランズ・スルー・イット





A River runs through it

今やブラッド・ピットは、トップスター中のトップスターである。
どの映画に出ても注目を浴び、大きな話題を呼ぶ。
日本での人気も高く、何度も来日している。
彼が、一躍有名になったのは、ロバート・レッドフォードが監督したリバー・ランズ・スルー・イットである。
1900年代の初頭。
アメリカ・モンタナ州の田舎町で、厳格な牧師の父と二人の息子が暮らしていた。
兄は、秀才で生真面目な性格。
弟は、明るく才能豊かだが、破天荒。
それぞれ性格の違う親子に共通するのは、父が教えたフライフィッシングだった。
二人は成長し、兄は大学講師、弟は新聞記者と巣立って行く。
弟は酒とギャンブルにのめり込み、気の向くまま自由に生きていた。
彼らの人生に様々な出来事が起こるが、それでも川は何も変わることなく流れつづける。

この映画の見所は、何といってもフライ・フィッシングのシーンだ。
木漏れ日に光る水面の中で、キャストされたラインが弧を描く映像は、美しく映画の主題を印象付ける以上の出来栄えだ。
ポスターの写真がまさにその映像だ。
この映画でアカデミー賞の撮影賞を受賞したのも頷ける。

それと、ブラッド・ピットの存在感がすごい。
意識したかどうかは知らないが、この頃のブラッド・ピットは、若い頃のロバート・レッドフォードに雰囲気や見た感じそっくりなのだ。
金髪に、ほんの少しえらが張った端正な顔立ちや、内に何か秘めた雰囲気がロバート・レッドフォードにオーバーラップする。
この映画以降もブラッド・ピットはロバート・レッドフォードを師として尊敬しており、『スパイ・ゲーム』では共演を果たしている。
ビッグスターに育つ人間は、紙一重の狂気を演じられると思っているが、この映画のブラッド・ピットもただかっこ良いだけでなく、観ている側がはらはらする危うさを感じた。
何年かあとに撮られた『レジェンド・オブ・フォール』という映画も本作と似たような映画だったが、やはりブラッド・ピットは破天荒な人生を歩み、生き急ぐ人物を演じていた。

下積みが長かったこともあり、映画に取り組む真摯な姿勢は、共演者も認めるほどだという。
ただただかっこ良いだけでないブラッド・ピットのルーツがこの映画で見られるのだ。


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2010年4月12日月曜日

エアフォース・ワン




エアフォース・ワンは、アメリカ合衆国大統領が搭乗する航空機のコールサインである。
通常は、海外への訪問や緊急時に司令をするための専用飛行機に付けられる。
因みに副大統領が搭乗する場合は、エアフォース・ツーとコールされるそうだ。





このエアフォース・ワンにテロリストが乗り込み、大統領自らが彼等と戦うといった内容の1997年公開のアクション映画だ。
監督は、Uボートで一躍有名になったドイツ出身のウォルフガング・ペーターゼン。
ウォルフガング・ペーターゼン監督の主な作品は以下の通りだ。

U・ボート Das Boot (1981)
ネバーエンディング・ストーリー Die
第5惑星 Enemy Mine (1985)
ザ・シークレット・サービス In the Line of Fire (1993)
アウトブレイク Outbreak (1995)
エアフォース・ワン Air Force One (1997)
パーフェクト ストーム The Perfect Storm (2000)
トロイ Troy (2004)
ポセイドン Poseidon (2006)

基本的には娯楽アクション映画の監督だが、『第5惑星』のような珍作もあれば、本作や『ザ・シークレット・サービス』のような大ヒット作品もある。
『第5惑星』で、評価も興行的にも失敗した後、『ザ・シークレット・サービス』が成功しなかったら、『Uボート』だけで終わっていたかも知れない。
個人的には、当たり外れの多い監督だと思う。
この映画が良いのは、ややこしい事を考えずに脂ののったハリソン・フォードを大統領役に起用した事だ。
この時期、彼は55歳。
行動力のある大統領役にピッタリ合う時期だった。
ハリソン・フォードは、ビル・クリントン大統領主催のパーティの席でエアフォース・ワンの見学をお願いし、撮影しない条件で許可を得て、架空ではあるがリアルな機内を再現したそうだ。
ウィリアム・H・メイシーをはじめとした共演者も良い配役だが、やはり一番は怪優ゲイリー・オールドマンが素晴らしい。
ひとつの事を狂信的に信じる人間は、彼ならではの迫力とリアリズムがある。
レオンほどの異常さはないが、テロリストのリーダーにはピッタリの配役だ。

エアフォース・ワンが、いくらジャンボジェット機とはいえ、あの閉塞された空間であそこまで派手なアクションに仕上がった物だ。
もうひとつ、アクションの爽快感や盛り上がりに大きく影響しているのが、巨匠ジェリー・ゴールドスミスの音楽だ。
盛り上がりのあるメイン・タイトルの高揚感は、さすがゴールドスミスと感心する迫力がある。
ゴールドスミスの音楽でワンランク上に仕上がった作品も少なからずある。
今もなお、ゴールドスミスのメイン・テーマを聴くだけで映画の情景が目に浮かんでくる。
映画は音楽も大事な要素だと改めて実感する。

口うるさい人にはつっこみどころ満載の映画かも知れないが、後味爽やかなよくで来た娯楽作品である。

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トロン


トロンは、ブエナビスタ配給の1982年公開のSF作品だ。
ディズニーが始めてCGアニメーションを取り入れた作品でもある。
CGといえば、今でこそ実写かと見紛うほどの映像を可能にしたが、当時はまだそこまでの技術はなく、CG画像に着色したり、アナログな方法で処理して映像に仕上げていた。
映画の内容はといえば、かなり無理はあるのだがファンタジー作品と思えば、なかなかユニークで面白い。

エンコムと呼ばれる企業の大規模なコンピューターの中で、MCPと呼ばれるマスターコントロールプログラムが、色んなプログラムを取り込み、支配していた。
それをエンコムのエンジニアであるアランが作り出したトロンと呼ばれる監視プログラムが、MCPを調査するのだが、MCPはエンコムの社長と結託してアクセスを閉鎖する。
エンコムの社長にプログラムを盗作されたフリン(ジェフ・ブリッジス)も外部から進入を試みていた。
フリンの元同僚のアランの話を聞き、エンコム社のコンピュータにアクセスしようとしたが、MCPの策略により、フリンはデジタル化されコンピューターの世界に取り込まれる。

と、かなり荒唐無稽だが、コンピュータの世界が面白いのだ。
コンピュータの世界のプログラムたちは、回路のような模様の服を着ていて、そのラインが青白く光っているのだ。
光り方は、ブラックライトで光る蛍光色のような光り方だ。
面白いのは、ユーザ信望者のプログラムは青く光り、MCPの手下たちはオレンジ色に光る。
MCPに囚われたプログラムたちは、ゲームをさせられ、負けたプログラムは消滅させられる運命にある。



健康保険の会計プログラムや何やがフリスビーのゲームやボールスローで対決するのだ。
この映画の一番の見所は、ライト・サイクルというバイクによるゲームだ。
四角いスペースを光の帯を引きながら疾走し、その帯で相手の行く先を妨害する単純なゲームだ。
この映像が中々スピーディで迫力があって面白いのだ。
この他にも、タンクやゲート型の乗り物や戦艦ぽい乗り物が現れるのだが、その造形が当時のCGながら、良いデザインである。
通信を司るプログラムが威厳のある爺さんだったり、お色気むんむんのプログラムがいたり、擬人化のされ方がまた楽しい。



このトロンが、20年ぶりに第2弾が制作され、今年の年末に公開される。
それも、IMAX 3Dでの公開だ。
ジェフ・ブリッジスも出演し、彼の息子がまたコンピュータの世界に取り込まれて、ひと悶着あるようだ。
当時、限界のあった映像がかなりリアルで迫力のある映像になるのは、間違いない。
ディズニーのオフィシャルサイトで公開されているトレイラーを見ても見事な出来栄えだ。
ライト・サイクルもかなり進化している。
うーん、公開が待ち遠しい。
公開までにまだ未見の人は、DVDもあるのでビデオ屋さんで探してみては。

2010年4月8日木曜日

ジャクリーン・ビセット





ジャクリーン・ビセット(Jacqueline Bisset)
ブリット、大空港、アメリカの夜などに出演した美しい女優さんだ。
70年代〜80年代に数多い映画に出演した。
髪は濃い黒に近いブラウン。
瞳はグレー。
英国生まれで、母親がフランス人の血を引いているため、フランス語も流暢に話せる。
モデルの仕事を足掛かりに映画の世界に入っただけあって、美しい顔に見合った素晴らしいプロポーションである。
中学の頃に読んでいたロードショーのポートレートにもジャクリーン・ビセットはよく載っていた。
クールでカッコよく、セクシーというか少しエロチックなところがあり、男性の人気は大きかった。

『ブリット』ではマックイーンの彼女、
『大空港 』ではディーン・マーチンの彼女を演じ、美しさと存在感で多くの映画に出演している。
フランス語が流暢に話せることもあって、フランス映画にも出演している。
有名なのは、フランソワ・トリュフォー監督が映画作りの舞台裏を描いた『アメリカの夜』だろう。
『シークレット』や『ザ・ディープ』なんかは、彼女の美しさに頼りきって作った映画だ。
演技云々ではなく、彼女の魅力で映画を観た人は少なからずいると思う。

彼女観たさに映画館へ足を運んで観た映画がある。
『料理長殿、ご用心 (Who Is Killing the Great Chefs of Europe? )』という1978年の映画だ。
共演は、ジョージ・シーガル、太っちょの英国紳士ロバート・モーリー、フランスの名優ジャン=ピエール・カッセルやフィリップ・ノワレ。
彼女は、世界でも一流のシェフ。
得意分野は、デザート。
彼女は、王室晩餐会の主催者であるロバート・モーリー演ずるマックス卿が選んだ世界四大シェフでもあった。
その四大シェフがひとりずつ殺され、彼女の身にも危険が迫る...
といった内容のコミカルなミステリー作品だ。
彼女の魅力だけでなく、映画自体もすごく面白い作品だ。
この映画を観た時は、得した気分だった。

そんな彼女も今や65歳になられた。
いやー、時の流れが嫌になる。
昔、雑誌を見て憧れた人達も60歳、70歳と聞くと、仕方ない事だが、なんとも言えない気分になる。

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2010年4月7日水曜日

かもめのジョナサン




今、ほとんどの人が忘れているが、一時期驚くほど流行った物って結構あると思う。
『かもめのジョナサン』も、その一つだろう。
1970年にアメリカで出版された本だ。
原題は、 Jonathan Livingston Seagull。
作者は、リチャード・バック。
日本では同作の映画化作品が、1974年に公開され、爆発的にヒットした。
『青春の門』などで知られる五木寛之の訳で出版され、120万部のベストセラーとなった。
真っ青なバックに白いカモメのシルエットが抜かれた表紙は、シンプルながらインパクトのあるデザインだった。
我が家にも、この本が一冊あり、私も読んだ。
ラッセル・マンソンが撮影した写真が、所々に挿入され、それほど長い話しではなく、手頃に読み易い本だった。

主人公のカモメであるジョナサン・リビングストンは、他のカモメ達と同じように魚を狩って暮らしていた。
ある時、飛ぶことにこだわりを持つようになる。
より高く、より早く飛ぶことに喜びを感じ、危険を顧みず命をかけた飛行訓練に没頭する。
周りのカモメ達に異端視されても、ジョナサンの欲求は抑えることができず、やがて同じように飛ぶことに生きる意味を求めるカモメの集団に出会うことになる...

と、こんな感じの内容で、アメリカではヒッピーを中心に口コミで流行ったのも頷ける。
哲学的というか、宗教的な内容は読む者によって、ジョナサンの思いをいろいろと解釈したと思う。
アメリカじゃ「風と共に去りぬ」を抜いて1500万部も売り上げたというからすごい物だ。

かつて、あれほど話題になって、今ほとんど知られていない。映画もたぶんDVDになっていない。
今やジョナサンといえば、ファミレスの名前しか出てこないだろう。
この『カモメのジョナサン』に特別な思い入れはないが、ここまで忘れられた作品も珍しい。

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2010年4月5日月曜日

映画のチラシ


映画の楽しみは、映画を観るだけではなく、それ以外にもいろんな楽しみがある。
映画音楽もその一つだ。
エンニオ・モリコーネの美しい情感にあふれたメロディや、ジェリー・ゴールドスミスの勇壮な音楽を聴くと映画の場面が目の前によみがえってくる。
映画に関する書籍もまた楽しい。
名鑑物の書籍を眺めて、お気に入りのスターの出演作だけでなく、生い立ちなどを見るのもまた楽しい。

そういう楽しみの一つにコレクションがある。
とはいっても、コレクションはお金が掛かるものだ。
DVDを集めるにしても、1枚で安くても1000円以上はするし、マイナーな作品はなかなかDVD化もされない。
もう一つは、映画のパンフレットだ。
いろんな情報が詰まっていて、当時の空気も感じられて良いのだが、収集するにはやはり単価が高い。

単価も低く、スペースも取らずコレクター感情も満足する物がある。
それは、映画のチラシである。
映画館に行くと置いてあるあの紙の広告だ。
B5の紙1枚で次回に上映予定の映画の紹介をしている物だ。
1枚で映画の魅力を伝えるため、デザインも鮮やかで、映画の見どころも詳しく書かれている。
クリアポケットのバインダーに入れて、色とりどりのチラシを眺めていると幸せな気分になる。
サイズがまたポイントで、映画のチラシのほとんどがB5サイズなのだ。
たまに変形のチラシもあるが、大半はB5なので、ファイリングがし易い。
サイズが統一されているというのが、コレクター心理にうったえるのだ。
古い映画のチラシは入手が難しいが、基本は映画館に行けばただで手に入る物だ。
映画を見に行く度にもらってくるだけでも結構な枚数になるはずだ。
1970年代などの古い作品のチラシが欲しい時は、通販やYahoo!オークションで入手することができる。
さすがにメジャーな作品は値がはるが、セットで50枚、100枚でオークションに掛けられることもあるので、上手く落札すれば結構安価に入手出来る。

30年以上前に1000枚ぐらいのチラシを持っていたが、結婚する時に整理してしまった。
今思い出しても勿体ないことをしたと後悔する。
持っていたチラシは、ネットで見ても良い値がする物ばかりだ。
と、昔を悔やんでも切りがない。

今、自宅には1冊に120本の映画のチラシを収めたバインダーが13冊と未整理のチラシが千枚ぐらいある。
『明日に向かって撃て』や『ポセイドン・アドベンチャー』などの古い作品から最近の『アリス・イン・ワンダーランド』などの新旧入り混じってバインダーに綴られている。
これをパラパラ眺めるだけで幸せな気分だ。

映画のチラシ。
これもまた、私の宝物の1つだ。

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